2016年09月20日

尖閣諸島や南シナ海で、中国にどう対抗していくべきか?



中国の海洋進出が続いている。南シナ海で人工群島の建設を進めており、尖閣諸島をめぐっても先鋭的になってきている。国際法も周辺諸国の感情も無視したずうずうしいもので、将来への懸念も大きい。

法とは、中国では、社会秩序を守り、よい社会を維持するための規律ではなく、国が都合に合わせて人民を縛る手段であり、人民から見ればテキトーに誤魔化して生きていくべきものである。

中国人にマンションの部屋を貸したら、住民共有の空き地を勝手に畑にされてしまったというような話をよく聞く。決まりを守る気なんかサラサラないために起こるが、南シナ海や尖閣諸島はそれを国際規模に拡大したに過ぎない。

ただし、尖閣諸島と南シナ海では、その性格はやや異なっているように思える。


外交として失敗だった尖閣諸島の国有化

まず、日本にとって身近な尖閣諸島について、考えてみよう。

今年は中国船が大挙して押し寄せるなど、動きが活発化している。容赦なく攻撃するか、機雷でも仕掛けておきたくなるが、外交においては相手国からの視点を想像することが大切である。そう考えると、中国にも言い分があることがわかる。

この問題が注目されたのは、2010年9月、海上保安庁の船に中国漁船が体当たりをしてきたときだ。それをきっかけに石原慎太郎東京都知事(当時)が「尖閣諸島の所有権を東京都が取得する」と発言。ナショナリズムの高まりを受けて、その頃政権にあった民主党の野田佳彦内閣が国有化を断行した。
このとき野田元総理はAPECの会議に出席するためウラジオストックにおり、当時、中国の国家主席だった胡錦濤と十数分間、立ち話をした。胡錦濤からは「重大な問題なので、軽はずみな行動は慎んでほしい」と言われたが、そのわずか2日後に国有化した。
中国人は面子を重んじるが、胡錦濤は面子を潰された形となった。

そもそも中国は、1972年に田中角栄と周恩来が会談して、日中国交正常化を行った際、「尖閣問題は棚上げという約束になっていた」と主張している。これに対して、日本は「日本の領土である以上、尖閣問題など存在しない」という立場である。そのため記録などは残っていないが、現実主義者であった田中角栄と周恩来が語り合った可能性はありそうだ。

重要なのは、中国としては「棚上げ」と考えていたという事実である。
中国は日本の実効支配を暗黙のうちに認めていたのだから、この先50年、100年と経過させれば、自動的に日本の支配は強まるはずであったのに、事を荒立てることで、中国から見れば「田中角栄と周恩来」以前にもどってしまった。
国有化するのなら、せめてほとぼりが冷めるまで、時期をズラすべきであっただろう。相手に会って2日後では、いくら何でも拙劣だ。石原元都知事の浅慮、野田元首相の果敢だが粗忽な判断、野田元首相と胡錦濤を出会わせてしまった外務省の不手際などが重なった不幸な事故で、外交としては失敗だったと言える。

中国でも共産党支配以前の地図では、尖閣諸島は日本の領土になっており、「尖閣諸島は中国のもの」という主張は、もちろんウソ・でたらめ・デッチ上げである。
それでも、中国政府としては国民に「尖閣諸島は中国のもの」と言っている以上、日本に対して行動している様子を見せざるを得ない。ゆえに、領海侵犯をしてくる。それをなくさせるのであれば、国民に対して面子が立つ理由を用意させてやる工夫が必要になる。
元中国大使の丹羽宇一郎氏は「フリーズ(凍結)」という提案を示しておられるが、それも一案だろう。

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日中間でもし戦争が起きたら?

ここで、もし、日本と中国の間で戦争が起きると、どうなるかを考えてみよう。

勝敗予想は軍事評論家に任せるとして、経済的には両国に甚大な被害をもたらすことは確実だ。少子高齢化が進んでマーケットが縮小しつつある日本にとって中国は近場で大口のお客さんであるし、中国は日本の技術なしに工業発展を続けていくことはできない。

安倍総理も習近平も、ただの大きな岩にすぎない尖閣諸島で戦争をしたいとは考えていないだろう。
しかし、人間は感情の動物であり、現場レベルで暴発が起きないとは言い切れないし、日本と中国の不和を望む国や団体が、暴発が起きるよう工作を仕掛けてこないとも限らない。

今月の9月5日、中国・杭州で、安倍首相と習近平の会談が行われ、偶発的な軍事衝突を防ぐ「海空連絡メカニズム」の早期運用開始に向けて協議を加速することで一致した。これは、大きな意味があると言えるだろう。
一方では、不幸にして戦争が始まったとき、どのように戦い、どのように収束させるのか、政略・戦略・戦術に基づいて、青写真をいくつか描いておく必要もあるだろう。

中国が尖閣諸島を獲らないのは、「獲れない」もしくは「今は獲らない方がいい」と判断しているからである。「獲れる」と判断する時が来たら、四の五の言わずに兵を上陸させてくる。フィリピンでは台風でフィリピン側の警戒がゆるんだ隙に上陸させ、櫓などを建設した。同じようなことを仕掛けてくる可能性は、考えておく必要がある。

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南シナ海にかかっているのは、「中国の夢」

次に南シナ海について考えてみよう。
中国にとって、南シナ海は尖閣諸島など比較にならないくらい大きい。ここには、「中国の夢」がかかっている。

「中国の夢」とは習近平の言葉で言えば、「中華民族の偉大な復興の実現」である。
中国は世界の四大文明発祥の地でありながら、異民族に何度も支配され、日本でいうと江戸時代初期の1644年に明が滅びて以来、長い間、漢民族は虐げられ、蔑まれてきた。
明のあとは満州族の建てた清に支配され、清の末期からは西洋の列強と日本の帝国主義の「分け取り」の対象とされた。そんな漢民族にとって、劣等感を跳ね除けて「偉大な復興」を実現させるのは、悲願であり、「夢」である。

「偉大な復興」とは、具体的には「昔のように周辺諸国が貢ぎ物を持ってやってくれば、王に封じてやる」というような状態を指すと考えられる。無邪気なものだが、タチはよくない。
アメリカのように「自由や平等のよさを世界に伝えよう」「私が世界の警察官」という、おせっかいな親切心に満ちた国も、場合によっては困ったものだが、中国は「他国に怖れられる国になりたい」と思っている。好かれる国になろうとは思っていない。

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フィリピンはなぜ仲裁裁判所を選んだのか?

南シナ海の岩礁の埋め立てが、国際法に違反していることは、誰の目にも明らかである。こういう場合、国連海洋法条約では解決する手段として、(1)国際海洋法裁判所 (2)国際司法裁判所 (3)仲裁裁判所 (4)特別仲裁裁判所の4つの選択肢を指定している(第287条)。

当事国のフィリピンは仲裁裁判所に解決を求めた。では、なぜ仲裁裁判所を選んだのだろうか?

仲裁裁判所なら、国際海洋法裁判所や国際司法裁判所と違い、相手方の当事国が拒んでも手続きを進められる利点があるからである。
国際司法裁判所は訴える側と訴えられる側の双方の合意がなければスタートできないが、仲裁裁判所の場合、訴える国だけでも裁判を進めることができる。

その際、5人の仲裁人のうち2名ずつは、当事国が選定する権利を持っているが、中国は参加を拒否したので、仲裁人を選ぶ権利を失った。結局、フィリピンが1名を指定し、当時、国際司法裁判所の裁判長だった柳井俊二氏が残り4名を指名した。

そして、オランダのハーグで開かれた仲裁裁判所の、今年2016年7月12日の判決により、「南シナ海のほぼ全域は中国のもの」という中国の主張は、法的根拠を否定され、見事に切り崩された。
中国は「仲裁人の選出に問題がある」と主張しているが、自ら選ぶ権利を放棄したのだがら、この主張はあたらない。

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それでも続く、中国の南シナ海支配

仲裁裁判所の判決は完璧である。しかし、中国が大人しく撤退すると思う人はいないだろう。
中国は、国際法に違反していることは、最初からわかってやっている。
それでもやっているのは、勝算があるからである。なぜかと言えば、東南アジアは中国なしには経済が成り立たないからである。
東南アジア諸国が7月25日に発表したASEANの共同声明には、仲裁裁判所の裁定についての言及は盛り込まれていない。当事国のフィリピンを含めて軍門に降り、中国の外交的勝利に終わった。

中国の行為は「国際法違反」という面から非難はできるが、もともと国際法とは本質的に習慣法であり、ぶっちゃけ言ってしまえば、強国・大国がやったことが「前例」となって変化してきた。つまり、国際法で解決するのには限界もある。
一方、西欧や日本は国家として成熟しているので、中国に対抗して帝国主義に還ることはない。結局は中国のゴリ押しを黙認する結果となる。

南シナ海で中国に対して有効な軍事力を持っているのはアメリカくらいだが、アメリカはイラクやシリアなどで失敗して内向きになっている。中国としてはアメリカの出方をうかがっていたが、武力で強く出てくることはなさそうだと見当をつけている。

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最終的な解決は、中国への「教育」

中国では九段線をもって南シナ海を支配していくことを「戦略」として公言してきた。撤退を主張する政治家は失脚してしまう。だから、引くことはできない。

結局、今できることは言葉できちんと伝えることしかなく、日本やアメリカとしては中国と対話を閉ざさないようにして、世界秩序に挑戦する不当さを訴え続けていくほかない。
そして、10年、20年、30年という時間をかけて、中国共産党と中国人の考えを「国際基準」に近づけていくことだ。

幸い、習近平は「トラもハエもたたく」と言って、高官でも下っ端役人でも、断乎として腐敗の取り締まりを行っていることなどから見て、本質的にはおそらく開明的な政治家だと思える。日本や台湾に近い福建省に長くいたこともあって国際情勢も見えているし、日本のよさも知っているだろう。「敵中に味方を求める」というのは外交の基本だが、習政権は、本来、親日になり得るものだという視点を忘れてはならない。
しかし、今のところ習近平の現実の動きは「親日」からはほど遠い。

その大きな理由としては、多くの矛盾や問題を抱える中国で政権を維持していくには、軍の協力を得ることが不可欠だということがあるだろう。暴動が起きれば、軍に動いてもらうしかない。
そのため軍の意向を政策に反映させる必要が出てくるのだが、劣等感を抱える軍というものは過剰に強がり、その強がりに自分たちが乗せられていく傾向がある。日本も過去に経験済みだ。習近平も難しい舵取りをしている。

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2017年以降の習近平政権を味方につけて、働きかけよ!

習近平政権の動きが、今後、転換する可能性があるとすれば、それは来年、2017年の党大会以降である。
現在の第1次習近平体制は、胡錦濤(前国家主席)と江沢民の政治闘争の結果、生まれた。7人の常務委員、いわゆるチャイナセブンのうち、習近平本人とナンバー2の李克強以外の人物は、江沢民の影響下にある可能性が高いが、この5人は2017年の党大会で定年となる。
さらに、中央政治局委員25人のうち、7割近くの委員も定年となる。習近平はすでに江沢民系の重鎮を何人も失脚させて「勝利」をほぼ確実にしているが、これで決定的となる。

それに替えて、李源潮、張高麗、汪洋、孫政才、胡春華といった、自分の味方になる有能な人材や、育てている若手たちを登用するだろう。こうした人材の多くは知日派である。これを利用しない手はない。

中国は経済的に急成長することで自信をつけ、国際秩序に挑戦してきた。その裏には、実は貧民が多いといった現実や歴史から来る劣等感がある。
しかし、豊かになり、社会が安定してくれば、他者に対する配慮や倫理観も育っていくだろう。

考え方としては、国際交流基金を通じて中国語訳の『ドラえもん』を中国全土の図書館に寄付するようなイメージでよい。親しみやすい方法を用いて、時間をかけて中国の人々を親日化させ、西側諸国の法意識を教え、社会秩序を守る大切さを伝えていくのである。

<補記>
「習近平政権は親日になり得る」と書いたが、鳩山元首相のように「日本海は友愛の海」などと手放しで友好関係を結ぼうというものではない。
現在、中国はドイツとの結びつきを強めている。これは、日本が中国のレアアースやレアメタルに依存しない代替技術を開発しているのと同じで、中国としては日本の技術への依存を減らしていこうとしているわけだ。

日本が中国を市場として必要とする一方、中国が日本の技術を必要としないときが来たら、そしてその頃アメリカがさらに内向きになって日米安保条約の実効性が弱まっていたら、中国はためらわず尖閣諸島に上陸してくるだろう。
「習近平政権は親日になり得る」というのは、「前向きな関係を築く外交ゲームができる」というほどの意味である。

注:チャイナセブン
・習近平(国家主席)
・李克強(強国務院総理):首相にあたる。
 –––––––––––––––––––––
・張徳江(全国人民代表大会常務委員長)
・兪正声(中国人民政治協商会議主席)
・劉雲山(中国共産党中央書記処常務書記)
・王岐山(中国共産党中央規律検査委員会書記)
・張高麗(国務院常務副総理)
posted by たぬたぬ at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする