2012年08月11日

李明博の竹島訪問を機に、韓国を国際司法裁判所に引きずり出せ!


 竹島の問題は、正面から取り組まなければならない。それが政治家たるものの義務である。だが、逃げ腰の者が目立つ。情けない話である。

 8月10日、韓国の李明博大統領が竹島訪問を強行した。これに対し、日本政府は「遺憾の意」を表明したが、「遺憾の意」とは何であろう? 外交用語には違いないが、もはや何の力もない。日本国民に対し、「一応のことはやりました」と言うだけの、取り繕いに過ぎない。
 よく「毅然とした態度で臨むことが大切だ」などというが、馬鹿を言ってはいけない。「毅然とした態度」は具体的な形に表わして、初めてそう言えるものになるのである。

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 竹島は、日本固有の領土である。国際的にも日本の領土として認められているものを、勝手に持っていかれてはたまらない。竹島は現在、韓国が不法占拠している。実効支配などではなく、ただの不法占拠である。以前、公的な道頓堀の橋の上で営業を続けたタコ焼き屋があったが、そのレベルの話である。島にいる韓国人は拘留し、施設は破壊すべきである。

 もちろん現実の問題として見た場合、日本がここまで断固たる行動に出ると、問題が発生するだろう。ナショナリズムがどう盛り上がるか、東アジアの国々がどう動くかを予測すれば、外交的にはマイナスが多い。しかし、人間関係と同じで、国にも損得勘定抜きで喧嘩しなければならないときはあるのだ。

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 竹島をめぐる歴史を振り返ってみよう。江戸時代初期にあたる1618年以降、伯耆国(鳥取県)の大谷家と村川家が幕府から鬱陵島への渡航免許を受けてアワビやアシカの漁を始めた。当時、竹島は松島といい、漁の寄港地として利用されていた。朝鮮は鬱陵島への渡航を禁じていたため、両国の漁民が出くわすことはなく、日本側は鬱陵島、竹島とも日本領と認識していた。その例としては、1667年に出雲藩士、斎藤豊仙が編んだ「隠州視聴合記」がある。

 しかし、1692年、禁を破って鬱陵島に漁に来た朝鮮の漁民と日本の漁民が初めて遭遇し、1693年、日本の漁民は不法侵入の証人として安龍福(アンヨンボク)ら2人を連れ帰った。取り調べにより、安龍福らはアワビなどの漁のために鬱陵島に来たことを認めた。

 ところが、韓国の教科書では朝鮮の「粛宗実録」を基に、安龍福が鬱陵島や竹島から「日本の漁民らを追い払い、日本に渡って我が国の領土であることを確認させた」としている。おいおい、一介の漁民が自国によって渡航を禁じられていた島に勝手にわたって、国を代表して外交官みたいなことをするのかね?
 朝鮮の史書は「三国史記」などもそうであるが、歴史に対する姿勢がいい加減で、史実をねじ曲げたものが目立ち、到底信用できない。

 徳川幕府はその後、鬱陵島については朝鮮の領土と認め、1696年に鳥取藩主に対して渡航を禁じたが、竹島については禁じず、竹島は明治時代まで漁業基地として利用された。もし、朝鮮の言う「日本の漁民らを追い払い、日本に渡って我が国の領土であることを確認させた」というのが事実なら、漁業基地として利用などされていないはずである。1779年に長久保赤水が作成した「改定日本輿地路程全図」にも、竹島が日本の領土として記されている。

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 江戸時代にさかのぼって見ても竹島は日本の領土であったが、現代の国際法に照らしても、竹島は日本の領土である。
 国際法ではどの国にも属さない土地は、最初に領有する意思を公的に示した国の領土とする「先占」というルールがある。日本は1905年に閣議決定と鳥取県の告示で、近代国家として竹島を領有する意思を改めて確認した。さらに、サンフランシスコ講和条約では、日本が放棄する領土を「済州島、巨文島、鬱陵島」と記しており、竹島は含まれていない。連合国側が、竹島の領有権に関する日本の主張を認めたからだ。竹島が日本の領土として、国際的に承認されている証である。

 にもかかわらず、韓国側はこれら日本側資料の解釈を全面的に否定し、1770年の「東国文献備考」の「輿地考」などを根拠に、「歴史的に独島(竹島)は鬱陵島とともに韓国領だ」と主張している。
 竹島問題が再燃したのは、第二次世界大戦後の1952年1月、日本が主権を回復したサンフランシスコ講和条約発効を前に、韓国の李承晩大統領が、突然、日本海上に「李承晩ライン」を設定し、竹島を韓国領に含めたことで始まった。そして、日韓の国交正常化は、竹島問題を棚上げする形で進められ、火種を残す結果となった。

 このような問題を解決するには、国連の国際司法裁判所による審理を経るのが、公正である。日本政府は、李明博大統領が日本の中止要請を無視して竹島を訪問したことを受け、ようやく竹島の領有権問題を国際司法裁判所に提訴する手続きの検討に入った。ただし、国際司法裁判所への付託には、争う両国の合意が必要とされている。日本は過去にも1954年と1962年に国際司法裁判所への付託を提案したが、韓国側に拒否されている。
 なぜ、韓国が国際司法裁判所への付託に合意しなかったのか? 答えは簡単。公の場に出れば、負けていたからである。

 そのかわり韓国は、実効支配を始めて50年経てばその土地を領有できるという国際法を悪用しようと工作をしてきた。
 韓国が竹島の不法占拠を始めたのは、「李承晩ライン」後の1954年のことだ。2004ですでに50年を経過している。韓国では不法占拠を「実効支配」とする既成事実をつくるために、建物や防波堤、ヘリポートなどの建設を行ってきた。これに対して、日本政府は韓国側が自国の領海としている海域にしばしば海上保安庁の船を航行させ、「実効支配」なるものを認めないアピールをしてきた。

            ◇             ◇

 今回の李明博大統領による竹島訪問は、よい機会である。まずはアメリカなどに仲介してもらうとともに、韓国の社会に対して国際司法裁判所への付託を呼びかけ、第三者の機関による解決をめざすべきだろう。「本当に自分が正しいという自信があるのなら、公の場に出て争おうね」というわけだ。
 もちろん、日本の正当性をアピールする外交を進めていかなくてはらない。もし、韓国が国際司法裁判所への付託に応じない場合は、島にいる韓国人の拘留と施設の破壊を強行し、韓国を国際司法裁判所へ引っ張り出すべきである。


<後記>
日本政府は国連の国際司法裁判所への提訴を決定した。まずはこれでよい。争う両国の合意による付託がないと審理はできないとしても、提訴されれば、韓国は争いの経緯や付託に応じない理由を国際司法裁判所に説明しなければならなくなる。
あとは宣伝戦だ。この先は、余り細かく言うのは控える。

李明博は、史上まれに見る愚かな指導者だ。今回の竹島訪問により、今後の韓国大統領はたとえ自分が望まなくても、竹島訪問を行わないわけにいかなくなった。日韓の間に、余計な火種ができてしまった。
これも宣伝戦の材料になる。この先も、細かく言うのは控える。

これまで日本は韓国に対して「大人の対応」で応じてきたが、あいては「大人の対応」を期待できる国ではない。また、つねに賢明な指導者が出て、賢明な舵取りをするとは限らない。愚かな指導者が愚かな国民を踊らせたとしても、こちらは揺るがないような態勢を整えておくべきなのだ。

私のような意見はしばしば「強硬論」と言われるが、いい加減にしてもらいたい。普通の人間なら、我が家の敷地に隣家の人間が勝手に車庫を建てたり、花壇をつくったりしたら、文句くらい言うだろう。相手に問題がある場合は、裁判を起こすだろう。政治家がそれを怠ってきたのは、「ことなかれ主義」に過ぎない。
厳正な「力」での対応を求めたい。

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posted by たぬたぬ at 13:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 国際政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
李明博の竹島訪問は、竹島奪回のチャンスです。
政治音痴がそろった民主党さんでも、そのくらいわかりますよね?
がんばってください。
Posted by たぬたぬ at 2012年08月12日 22:48
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