2015年07月20日

安保法案は合憲か違憲かではなく、具体論に踏み込んで審議を深めよ!



違憲論争を引きずりながら、安保法案が衆議院を通った。しかし、自民党推薦を含む3人の憲法学者が「違憲である」と言うくらいであるから、非常に評判が悪い。

今回、政府は、「外国からの武力攻撃によって日本人の権利が根底から覆されるなら、憲法前文の平和的に生存する権利や幸福を追求する権利を守る13条の下でも、必要最小限の自衛権行使を認める」とした1972年の政府見解を根拠とした。そして、憲法学者は「No!」、政府は「Yes !」という判断を下したわけである。

世の大勢は、安部政権に批判的だ。しかし、本当にそれで正しいのだろうか?

日本国憲法を字義通りに読めば、安保法案は憲法に違反しているように見える。しかし、国際法と併せて考えると、状況は違ってくる。
たとえば、ある程度、国際法を知っている者にとって、9条論争は論外である。国際法では自衛のための戦争は禁じていない。9条なんか、あろうがなかろうが関係なく、自衛のための戦争は認められる。いきなり暴漢が襲ってきたときに身を守るのは当然の権利であるのと同じで、国家が自衛権を持つのは当たり前のことである。その意味で、9条論争は国際法への無知から生じている。

ここから「9条を改正しなくても自衛のための戦争は認められるのだから、改正する必要はない」という考えが派生する。一方、「やはり一般の人にわかる言葉で書き直すべきだ」という考えも生じる。私は後者である。ただ、それは本稿の主旨ではない。

今回の安保法案で問題となったのは、集団的自衛権である。集団的自衛権については、国連憲章第51条に記述がある。

【国連憲章第51条】
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。


「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」というのは、他国から攻撃を受けた場合、国連安保理の仲裁など待っていたら、やられてしまうから、とりあえずやりかえす権利を持っているということである。

国連憲章に集団的自衛権について規定があり、そして日本も国連のメンバーである以上、集団的自衛権を行使する権利を持っていると考えるのが自然である。ただし、その運用については、日本国憲法に記述がない。

なぜ記述がないかと言えば、日本国憲法が起草された当時、GHQのメンバーも日本側の学者や政治家たちも、そこまで考えが及ばなかったというのが、実情だろう。
憲法に想定されていないことに対応する必要上、紛糾することは避けられないが、国際法で「固有の権利」とされ、憲法にないとすれば、それは「必要であるのに欠落している部分」と見なして、追いつく努力をすることが重要ではないだろうか。

              ◇             ◇

今回、政府は「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然」とした1959年の砂川判決を補助とした。
国の存立のための自衛権は国家固有の権能として認められる。したがって、国の存立を全うするための集団的自衛権行使も、限定的に容認できるとするものである。

しかし、これでは自衛権容認の対象は、日本が直接からむ周辺の有事に限られてしまう。国際政治の場において、それでは意義が薄い。朝鮮半島で有事があったと想定して、邦人を輸送する米軍の艦船が攻撃されても自衛隊がのほほんと傍観している状況は、まともだろうか。
卑近な喩え話をしてみれば、隣家の子どもが犬に襲われて怪我をして、あなたが助け出して、救急車を呼んだとする。にもかかわらず、隣家の両親は「ありがとう」と礼を言うだけで、ただ見ているという状況である。

小学校や中学校のお母さん方の間なら、たちまち噂が広がるところだろう。
「あの家のご両親、見ていただけなんですって!」
「旦那さんも? それはないわよね」……。

ここが問題だ。

日本国憲法のことをいったん伏せて、「それでよいのか?」と問えば、「日本もアメリカの同盟国として、あるいは国際社会の一員として、もっと役割を果たすべきだ」という意見は、当然、出てくるだろう。
その意味で安倍首相がめざすところは、至極真っ当なものだ。

もちろん「安保法案は違憲であり、廃案にすべきである」という野党の主張にも一理はあるだろう。しかし、国際社会において日本を担う政治家としての自覚や気概は、ゼロである。
一方、安部首相は、粗雑で強引かもしれないが、政治の根幹部分でズレた判断はしていない。

国民としては、直感的にその辺を察し、現実問題の対応として安部政権のやり方を支持し、同時に合憲かどうかグレーであることに不安を持っているという状況なのではないか?

              ◇             ◇

「賢者は歴史に学ぶ」と言う。その真似をしてみよう。

1935年、ヒトラーは第一次大戦の講和条約であるヴェルサイユ条約を一方的に廃棄して、再軍備を始めた。しかし、平和を望むヨーロッパ諸国は黙認。翌1936年、ラインラント進駐。国際連盟の管理下に置かれていたドイツ工業の心臓部を取り戻した。ここでも諸国は動かなかった。

この時点でのドイツ軍はまだそれほど強力ではない。のちにチャーチルが「これが千載一遇のチャンスだった」と語ったが、当時のイギリス首相は平和主義者のチェンバレンである。

フランスも「平和主義」に支配されていた。フランスがラインラントに軍を出していれば、ヒトラーの野望は砕けていたはずだが、フランスは動かなかった。

ヒトラーはオーストリアを併合し、次はズデーデンラント割譲を要求。ドイツ、イギリス、フランス、イタリアの首相が集まって話し合い、割譲が決まった。同盟国のチェコスロバキアを生け贄として差し出すことで、戦争を避けようとしたのである。あきれかえった話だが、チェンバレンは「平和を守った」として、イギリス民衆から歓呼の声で迎えられた。1年後、チェコスロバキアはドイツに併合されてしまう。そして、1939年9月、ドイツのポーランド侵攻により、第二次世界大戦が始まった。

ここからは「無法国家の無法を見て見ぬふりをすると、取り返しのつかない事態を引き起こす」という教訓が得られる。

のち1962年、キューバ危機が起きたとき、ケネディはフルシチョフの脅しに敢然と立ち向かい、「キューバのミサイル基地を撤去しなければ、ソ連からの攻撃と見なしてただちに攻撃する」と言明。フルシチョフが引いた。
もし、このときケネディが目先の平和を守ってフルシチョフの脅しに屈していたら、そのときはよくてものちにひどいことになっていただろう。
同じ意味で、中国や北朝鮮の横暴や無法を許したら、のちのち世界の平和を揺るがすことになるだろう。と言うか、中国が南シナ海で行っている大規模な7つの「人工群島」づくりは、まさにヒトラーやフルシチョフがやったことと同類であるし、「憲法違反云々」「平和主義云々」と主張する者たちが跋扈している我が国の様子は、第一次世界大戦前のイギリスやフランスの状況とよく似ている。

さて、近年、中国は尖閣諸島周辺などで日本にちょっかいをかけ、領海侵犯を繰り返している。現在のところ、実際にやる気はない。やる気があれば、とっくに上陸している。やる気がないのは、日本の背後にいるアメリカに勝てないことがわかっているからだ。負けたら、だれが責任を取るかという問題に発展する。

しかし、アメリカは内向きになりつつあり、中国の軍備の増強は進んでいる。「勝てる」と判断する日が来たら、フィリピンのスプラトリー諸島(南沙諸島)に上陸して占拠したように、ただちに上陸してくるだろう。

             ◇             ◇

日本は一応、大国だ。そして、大国の責任のひとつに国際政治における悪しき連鎖を止める、ということがある。

中国の拡張を許せば、アジア周辺で紛争が広がっていく。日本が自国を守るのは、単に国土を防衛するだけでなく、アジア諸国に悪しき連鎖を波及させない意味もあるのである。

与党の安保法案は衆議院を通った。参議院も通って、成立するだろう。日本は外交において、カードを1枚手に入れることになる。

外交に終わりはない。国が滅びるまでゲームは永遠に続いていく。
現実を見よう。平和や民主主義はタダではない。維持しようと思えば、戦って守らなければならないときもある。

衆議院における安保法案の審議は、合憲か違憲かという「入口論」に終始して、深まることはなかった。費やした時間だけは約116時間と、2005年の郵政民営化関連法に次いで6番目に長いが、内容は観念的で薄い。

参議院では集団的自衛権を発揮する「存立危機事態」のケースをもっと具体的に数多く想定し、どのようなリスクと向き合うことになるか、一方、戦わないとどのようなリスクが生じるかなど、審議を深めてもらいたい。

<補記>
具体事例の想定については、2015年7月17日の読売新聞の朝刊13ページの「安保法案 衆院通過 危機対応 切れ目なく=特集その2」の記事が興味深いです。きちんとした理解に基づき、豊かな想像をめぐらせています。
全部紹介したいのですが、さすがに長すぎます。一例だけ引用させて頂きますので、興味のある方は図書館にでも行って、読んでください。
なお、同じ日付の朝刊12ページの「安保法案 衆院通過 安全保障 こう変わる=特集その1」もよい記事だと思います。併せて読むことをお勧め致します。

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◎南シナ海緊迫

 ◆示威行動 米豪軍警護

 南シナ海の公海上で浅瀬を埋め立て、人工島の造成を進めてきたX国が、「島の領有」を一方的に宣言。沿岸から12カイリは自国の領海・領空だと主張し、操業中の民間漁船を拿捕(だほ)するなどと周辺国に警告した。

 人工島には3000メートル級の滑走路などがあり、実効支配を認めればX国が軍事活動を一気に加速させる恐れがある。米国は、領有権主張を認めない立場を明らかにして圧力をかけるため、現場海域に空母を派遣する調整に入った。

 「12カイリの内側に入り、豪州軍とともに共同演習を実施する。日本にもぜひ加わってもらいたい」。空母派遣による示威行動の一環として、米国は演習への参加を日本政府に打診してきた。「不測の攻撃を受けた場合には共同対処できるよう、備えてもらいたい」との要請もあった。

 現場で武力紛争が起きているわけではないため、演習自体への参加は可能だ。しかし、連携して活動する米軍や豪州軍を自衛隊が守るには、新たに自衛隊法95条2で定める「武器等防護」を適用する必要がある。

 南シナ海はシーレーン(海上交通路)に位置し、このまま緊迫した情勢が続けばエネルギーや物資の供給に影響が出かねない。X国が人工島を利用して東シナ海への進出を強める可能性もある。政府は国家安全保障会議での議論の末、演習参加は「日本の防衛につながる」と判断。米軍や豪州軍の「警護任務」を与えた上で、海上自衛隊の護衛艦を現場海域に派遣した。

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<補記2>
民主、維新、共産、生活、社民の5党は採決に加わりませんでした。がっかりさせられました。

共産や社民は「政府の言うことには何でも反対」というのが、看板になっているから仕方がないとしても、維新は現実を直視できる政党ではないのでしょうか?
また、民主も、再度、現実を背負う政党をめざすのではないのでしょうか?
「ヤだから採決に加わりません」では、あまりにも子どもです。

重要なので、繰り返し言います。

国際社会において日本を担う政治家としての自覚や気概は、ゼロです。
posted by たぬたぬ at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 憲法・法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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