2016年03月03日

認知症JR事故最高裁判決の重大な疑問点から考える



認知症の男性が徘徊中に列車にはねられて死亡した事故をめぐり、JR東海が家族に720万円の損害賠償を求めた訴訟で、最高裁が遺族の賠償責任を認めず、JR東海の請求を棄却する判決を言い渡した。
この男性の妻(93)は要介護1であり、長男(65)は20年以上同居していなかった。したがって、社会常識的には妥当な判決であったように見える。実際、新聞の論調を見ると、各紙とも最高裁の判決に好意的だ。

しかし、公正な視点で見れば、JR東海が受けた損害の賠償責任は誰がとるのかという問題は、やはり残るだろう。市民感情としては「認知症患者を24時間監視するのは不可能だし、JRは大企業なのだから損害を吸収してほしい」と願うのも無理はないが、話はそう単純ではない。もし認知症患者がフラフラと街を歩いて、あなたの老親や子どもを道路に突き飛ばし、それが元で事故が起きて死亡してしまった場合、あなたはノホホンと笑って許せるだろうか? 多くの人は、認知症患者に責任能力がないのなら、その家族に損害賠償を求めるのではないだろうか? その辺の事情は、個人でも大企業でも論理的には同じはずである。

「社会で受け入れる」といった美名のもとに責任の所在をうやむやにしてしまうのも、よいことだとは思えない。
第一、JR東海は社会ではなく会社だ。これはいい迷惑だろう。大企業だからなんとか吸収できたが、中小企業にとっては深刻な損失となる。

問題を明確にするために、例を挙げて考えてみよう。
財政破綻した北海道夕張市では市立病院は診療所に格下げされ、人工透析が必要な市民は隣の岩見沢市立病院まで乗り合いバスで通っている。そのバスの費用の一部は市が補助しているが、患者も負担している。負担額は数年前より上がっている。患者がひとり亡くなれば、その分、ほかの患者に分散させていくことになるからだ。言わば、ギリギリの状態で運行されている。
このバスの前に認知症の老人が飛び出し、それを避けようとしてバスが事故を起こして大破したと仮定しよう。その修理費を回収できなければ、バスの運行そのものが止まってしまうかもしれない。「認知症患者を24時間監視することは不可能だ」で、済ませてよいのだろうか?

               ◇              ◇

今回の判決がおおむね好意を持って社会に受け入れられたのは、高齢化が進む中で、多くの人が同じような事態に巻き込まれる可能性があるからだろう。確かに現実問題、認知症患者は24時間監視できるものではないし、鍵つきの部屋に閉じ込めてよいわけでもない。したがって、認知症患者が起こす事故については誰かが受け止めるようにしないと、介護そのものが成り立たなくなってしまうのも事実だ。
問題は、誰がその被害額を負担するかである。

通常、JRでは事故や飛び込み自殺により列車の損傷や他の鉄道やバスへの振替輸送が発生し、当事者の故意または過失と事故の因果関係が明らかなときは、かかった費用を請求するのを原則としており、双方の協議または裁判により賠償処理が行われている。詳細は公表されていないが、飛び込み自殺はもちろん、遮断機が鳴ってから踏切へ侵入したり、酒に酔ってホームの端を歩くのは、残された家族が負担する賠償金のことを思えば避けるべきだろう。

このような事故の賠償問題における金銭的な負担をなくす、あるいは軽減する方法は、いくつか考えられる。
ひとつは、個人それぞれが損害保険に入ることだ。高齢化が進む中、保険各社は認知症患者の起こす事故に対応する保険商品を開発している。ただし、列車に損傷が発生した場合は保険料が支払われるが、列車の遅延だけでは支払われないといった不十分な保険もあるようだ。保険に入る際は、条件をよく検討しなければならない。
問題は保険に入るとなるとお金も手間もかかるので、すべての人がカバーされるわけではないことだ。

すべての人をカバーしようと思えば、方法は限られる。
まず考えられるのは、賠償金額を国の社会保障費から支払うことだ。財政難という現実から見れば現実的ではないかもしれないが、「社会全体で受け止めよう」という考えなら、この方法が筋が通っている。

JRや私鉄といった交通機関の運営会社が、初めから損益分を運賃に組み入れて、その分、運賃を値上げする方法もあり得る。さすがに飛び込み自殺や酔っ払いの転落事故の分まで運賃に上乗せするわけにはいかないだろうが、認知症による事故の損害額をデータから割り出して値上げする分には、社会的な理解は得られるだろう。
ただし、地方の小さなバス会社などの場合、下手にその分の金額を運賃に組み込むと、運賃がはね上がってしまう怖れもある。
大手は運賃値上げ、中小は国の社会保障費で負担するというような折衷案、あるいは交通機関と損害保険会社の間で何らかの契約を結んでもらうのが現実的かもしれない。

               ◇              ◇

今回の最高裁の判決でも、もし妻が要介護状態でなかったら、あるいは長男が同居していたら、賠償責任が発生していた可能性は高い。また、家族以外でも、たとえば老人ホームの職員が気づかないうちに認知症の入居者が外へ出て事故を起こした場合、その施設に賠償責任が生じる可能性もある。

つまり、フツーに認知症患者を介護している人なら、もしもの場合に賠償責任を負う可能性は十分高いのだ。
今回の判決を機会に、フツーに認知症患者を介護している家族や介護職員が賠償責任を負わなくて済むような体制をつくること、その際に必要なら法整備を進めることを望みたい。
posted by たぬたぬ at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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