2016年11月23日

TPPは事実上消えたー日本が直面する中国主導の世界


自民党の小泉進次郎氏は11月23日、東京都内で大学生向けに講演し、米国のトランプ次期大統領がTPPからの離脱を明言したことについて、「TPPは事実上消えた」と述べ、アメリカが参加する形での発効は絶望的になったとの認識を示した。この「事実上消えた」という表現ほど、政府関係者の深い喪失感を表したものはないだろう。

オバマ大統領の任期中にアメリカ議会を通してもらうという考えもあったが、アーネスト大統領報道官は「次のステップとして示せるものは何もない」と述べ、断念する意向を表明した。
アメリカ抜きでの発効もあり得るが、その意味は大きく減退する。次の世界の枠組みをつくるために、日米並びに環太平洋の国々が多くの人員と数年にわたる期間をかけて積み上げてきたものが崩れ去ったことになる。

TPPについては、我が国でも最初の頃こそ農業への影響だけに矮小化された議論が横行していたが、近年は農業関係者の中にも「ピンチをチャンスに変えよう」と積極的に改革に取り組む姿勢が見えてきていただけに残念である。

さらにTPPはアベノミクスにもリンクしていた。安倍政権はアベノミクスにおいて、手順としてまず大企業を富ませ、次に経済を活性化させて中小企業や一般の人々までその恩恵を広げるつもりであったが、TPPはその梃子になり得るものだった。当然、日本経済にも影響するように見える。

本当にそうだろうか? 検討してみようと思う。

            ◇             ◇

TPPは、自由貿易論や比較優位説に基づいている。以前にも書いたことがあるが、比較優位説とはわかりやすく言えば、次のようなことである。

ここに広告制作者、営業マン、事務職の3人から成る広告会社があると仮定する。この3人は器用でどの仕事もこなせるが、それでも自分の専門が一番得意である。この会社の場合、3人がすべての業務を3分の1ずつこなすよりも、それぞれが優位性を持つ仕事に専念する、つまり広告制作者は広告制作に、営業マンは営業に、事務職は総務や経理に専念した方が、会社全体の業績は上がる。

国の産業についても同様で、比較して優位にある産業に特化し、比較して劣位にある産業については他国から品物を輸入し合うようにした方が、貿易にかかわる国々の富の総和は増え、その分、お互いに恩恵を受けることができると考えられる。

比較優位説は、18世紀末、イギリスの経済学者リカードによって唱えられ、イギリス帝国主義のイデオロギーとなり、「正しい考え」として広められた。
しかし、現実には「正しい考え」ではなかった。たとえばポルトガルの場合、小麦とブドウ酒ではブドウ酒の方に比較優位性があったため、「ポルトガルはイギリスから小麦を輸入し、イギリスはポルトガルからブドウ酒を輸入するようにすればお互いに得をする」と説明されて、自由貿易に踏み切ったが、結果的には、イギリスの工業製品が大量に入ってきてポルトガルの工業は壊滅し、イギリスの植民地とされてしまった。

なぜ、このようなことが起きたのかと言えば、それぞれの国が抱える異なった現実を無視し、実際にはあり得ない高度に抽象化された条件の上で物事を考えていたからである(例えば一口に「農地」と言っても、大規模で機械化が進んだアメリカの農地と、住宅街の間や中山間地に点在する日本の農地、地雷の埋まっているカンボジアの農地では、まったく違う。また、儲かる仕事がよい仕事とは限らない。儲からない仕事でも、その人にとって意味があればよい仕事である)。要するに、自由貿易論は極めて危険な机上の空論になりやすい。

トランプ氏は、ただの馬鹿ではない。自分の支持者への公約を守ることを意識しているだけでなく、倒産も成功も経験した百戦錬磨のビジネスマンとして、自由貿易の危険性に勘づいているのだろう。
自由貿易には、国の何かを破壊する面は確かにある。日本に置き換えて言えば、水田が失われるということである。水田が失われた風景も、慣れてしまえばそれまでだろうが、文化のあり方、文明のあり方に大きな影響を及ぼすことを踏まえ、もう少し「将来、日本をどんな国にしたいのか?」と問い直してもよいだろう。

ただし、近年、ハーバード大学のマーク・メリッツは、同じ産業内にも競争力のある者と競争力のない者が共存し、自由貿易によって産業の再編が即されて大きな経済効果を生むと主張している。
トランプ氏の考えはそこまで至っていないようだが、現実にどのような事態を引き起こすかは未知数であり、どちらが正しいとは言えない。

            ◇             ◇

ここで冷静に、TPPでできて、従来の2国間、3国間のEPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)でできないものがあるのか、考えてみよう。
実は何もないことに気がつくだろう。むしろ多国間で共通の自由度の高い貿易協定を結ぼうとして無理をするよりも、2国間、3国間のEPAやFTAで仕切り直した方が、自由貿易の危険性を抑えつつ、利益を享受できるという考え方もできる。
つまりTPPが成立しないか、アメリカ抜きの発効に終わったとしても、日本経済やアベノミクスへの影響は致命的ではない。

大きな問題は、むしろ政治面であろう。

TPPには経済的側面と政治的側面があり、裏の真意は「中国封じ込め」であった。もちろん中国がTPPヘ参加することを拒否しているわけではないが、中国の状況はまだ自由度の高い貿易協定に参加できる段階にはない。
中国が入って来られないうちに、大きな枠組みを構築してしまうことに意義があった。

自由貿易には国内の弱い産業を破壊するという危険な面はあるとしても、「互いに貿易し合う国々の富の総和は増える」という原理そのものは間違っておらず、世界のグローバルな流れは、お互いを豊かにするためのメガEPAやメガFTAへ向かっている。
TPPが成立しなかったら、ASEAN、東アジア、オセアニア諸国でつくるRCEP(アールセップ/東アジア地域包括経済提携)がクローズアップされてくるだろう。そして、近い将来、中国を中心に、あまりハードルの高くない通商ルールにもとづくメガEPAやメガFTAが出現する可能性が高い。

この状況は、基本的に日本にとって不利で、中国にとって有利である。
日本は、中国主導という大きな流れの中で、自らの立ち位置を探っていかなければならない事態に直面している。

対中国という観点から当面の話として言えば、TPPはアメリカ抜きでも発効させた方が、させないよりはいいだろう。

※余談だが、安倍首相が「トランプ氏は信用できる」と言ったあと、トランプ氏がTPP交渉離脱を宣言したため、「安倍首相は騙された」と思っている人も多いかもしれない。実際、新聞にもそういう論調の記事が見受けられた。
しかし、トランプ氏側でも安倍首相を最重要人物と考えたから最初に会ったのであり、それは違うと思う。
ひとつ前の記事に「追記」という形で会談の模様を推論してみたので、興味のある方は読んでください。
安倍首相によるトランプ氏の「大偵察」

【まめ知識】EPAとFTAの違いとは?
2か国以上の国や地域が、お互いに関税などの貿易を制限する障壁を撤廃または削減することで、モノやサービスの流通性を高める協定をFTAという。通商によって資源、エネルギー、食料などの供給も安定し、政治的な関係も強化されるメリットがある。
FTAの発展型がEPAである。貿易を行うようになると、相手国内への工場の建設や店舗の設置、観光や留学などでの人の行き来も増えていく。そこで、FTAを柱に知的財産権の保護、投資、人的交流など幅広い分野で連携して関係の強化を目指すのがEPAである。日本政府では、基本的にEPAという用語を使う。
ただし、過去に成立したFTAの多くが今では貿易以外の経済協定を取り入れており、また海外では内容的にはEPAであっても習慣的にFTAという呼び名が用いられることが多い。そのため、FTAとEPAの違いは明瞭なものではなくなっている。
【関連する記事】
posted by たぬたぬ at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/444264488

この記事へのトラックバック